『十五の夏』書評

『十五の夏』書評

もともとこの10連休を使って、アイルランドにいく予定でした。「アイスランドに行く」という発案は、100%家人の要望によるものです。家人が最近ハマっている漫画『北北西に雲と征け』の舞台でもあるアイスランドに、「ぜひ一度行きたい」と強く要望したところから、アイスランド旅行計画の話が動き始めました。

僕自身、村上春樹の『ラオスにいったい何があるというんですか』を読んでいたこともあり、アイスランド行きには大賛成でした。また直近で、映画「ライフ」も見ていたので、日本では体験できないような、異質な大自然を非常に楽しみにしていました。(みた方にはわかりますが、自転車で主人公が疾走するシーン、あの舞台がアイスランドです)

しかし、いざ連休まで半年を切ると、旅費が想定の倍(10連休の影響で)以上ということが発覚。また別の理由もあって、海外旅行そのものを断念することになってしまいました。「伊豆大島にでも行こうか」などと話をしていたのですが、なんと予約のちょうど1週間前に特番で特集されしまい、宿泊施設はおろか、レンタカーも確保できない事態になってしまいました。

結果連休中はどこにもいかず、家で引きこもり本を読んだり、家人と料理を楽しんだり、映画を見たりしてしながら日々過ごしています。(それはそれで非常に充実していて、とても良い日々なのですが)

閑話休題。

佐藤優の『十五の夏』は、昨年の今ぐらいの時期に購入したノンフィクション諸説になります。上下2冊ともほぼ同時期で読んでおり、比較的夢中になって読み込んだ作品なので、今でもところどころ鮮明にシーンを覚えています。

たまたま池袋の三省堂で見かけて立ち読み、面白かったので購入。その後1週間で上巻を読み終え、下巻を購入。また1週間ほどで読み終えてしまった。1日1〜2時間程度の読書時間でも読了可能だったため、4日もあれば読み終わるのではないだろうか。

所感

率直な感想としては、これまでの人生の中で読んできた旅行記の中では、まず間違いなく最高の部類。特に10連休中に旅行に行きたかった人の欲求を、十分に満たす内容なのではないかと思います。作品の概要は下記。

一九七五年、高一の夏休み。ソ連・東欧一人旅。異能の元外交官にして、作家・神学者である“知の巨人”の思想と行動の原点。40日間の旅行記。僕がソ連・東欧を旅することになったのは、高校入学に対する両親からの「御褒美」だ。旅行費用は、僕の手持ちの小遣いを入れて、48万円もかかる。僕は父の給与がいったいいくらか知らないが、浦和高校の3年間の授業料の10倍以上になるのは間違いない。両親には申し訳ないと思ったが、好奇心を優先した。

羽田→カイロ空港→チューリヒ→シャフハウゼン→シュツットガルト→ミュンヘン→プラハ→ワルシャワ→ブダペシュト→ブカレスト→キエフ→モスクワ→サマルカンド→ブハラ→タシケント→ハバロフスク→ナホトカ→バイカル号→横浜

『十五の夏』Amazon商品紹介より引用

彼はのちにロシア外交官となり、その後鈴木宗男事件で検察との全面戦争を経験することになります。(その間の体験をまとめた『国家の罠』が彼の処女作になっています)自分は大学在学中に、岩波現代文庫から出ている『獄中記』を読んだことをきっかけに、佐藤優に一時期傾倒していたことがあります。

今の僕の読書スタイルは、氏の影響を強く受けた結果だと考えています。そのため、本作を書店で手に取ったこと自体は、非常に必然的であったといいますか、ごく自然な流れでの出来事でした。

僕自身、彼の著作は他の作品も含め一通り読んでおり(特に外交官時代の実体験ベースのものは全て読んでいます)、今でもラジオも定期ゲストとして出演される際は、radikoタイムフリーでかならず聞くように心がけています。また新党大地塾の月一の定例会の動画視聴や、今はもう辞めてしまいましたが、氏の有料メルマガも購読していたことがありました。これらも最新の氏の考えを知る上で非常に有用でしたし、彼は元とは言え外交のプロ、自分自身のクライアントワークに応用できる技術は、積極的に真似るよう心がけていました。

右から順に『獄中記』『国家の罠』『亡命者の古書店』。特に『獄中記』を読んだ頃は、いまのような読書の仕方をしておらず、大変厚みのある文庫だったため、一冊完読したことでかなり自分自身の読書力に対して自信を持つことができる契機となった作品でもあります。

作品の魅力は大きく分けて3つあります。

1.細部に至る記憶力

旅行記の楽しみといえば、何と言っても食べ物です。異文化をもっとも感覚的に理解できるのが「食事」ですが、文面であったとしてもよくわかりやすいのが「食事」ではないでしょうか。例えばハンガリーのペンフレンドを会い食事をした際、レストランで出てきた料理について、次のような描写を試みています。

スープを飲み終わるとすぐにウエイターがメインディッシュを持ってきた。一度焼いた豚肉をソースで煮込んだ料理だ。マッシュポテトとゆでた人参が付け合わせになっている。バターライスは別の皿に大盛りになっている。炊いたコメにバターを混ぜているのではなく、蒸した米をバターで炒めたようだ。香ばしい。それに少し焦げたところがある。塩と胡椒で味をつけているが、ニンニクも入っているようだ。ステーキハウスのガーリックライスに似ている。豚肉の料理もバターライスもおいしい。

『十五の夏 上』p309より引用

ノンフィクション作家にとって、もっとも大切なのは鮮明な記憶力です。自分もかつて10年ほど前に2週間ほどオーストラリアに滞在したことがあります。しかし、ここまで食事の内容を事細かに覚えているのかと言われると、正直閉口せざるを得ません。

当然どのようなものを口に含んだのか、その際に何を考えたのかなどは一部は覚えていますが、本作のように、まるで映像をそのまま文字化したかのような完璧な情景描写は不可能です。率直に言って、これは才能の為せる技ですね。氏はおそらく、当時の日記などを見つつ執筆され他のではないかと思います。しかしながら、佐藤氏は現在59歳です。45年近く前に旅行中に食べたもののことについて、日記をみながらでも鮮明に他者がイメージできるレベルの文章を、書くことができる作家が現在どれぐらいいるでしょうか。このような点も、佐藤氏の魅力のひとつと言えるでしょう。

2.旅の合間に入る小話、時代描写

特に自分がもっとも心躍ったのは、当時の世界情勢を彷彿とさせる、佐藤少年と外交官、現地人とのやりとりの数々です。特に自分は、ルーマニアに対して強い関心を抱いていますが、この時代のルーマニアの人々が、観光目的の外国人相手でなければ口に出来ない言葉の数々が飛び出すやり取りが多数なされています。下記はルーマニアでの会話の一例です。

「ルーマニア人は、本来、お客さんが好きで、外国人を歓迎します。しかし、政府は外貨を獲得しなくてはならないので、かなり無理をして外国人観光客を誘致しています。観光客を誘致するインフラが十分に整っていない。空港から市内へのバスが整備されていないのもその例です。」

そして次長は訪ねた。

「インターコンチネンタル・ホテルにいくら支払いましたか」

「1泊97ドルです。2泊したので194ドル支払いました」

「ルーマニア人の3か月分の賃金に相当します。市内のルーマニア人用のホテルや民泊なら5ドルあれば泊まれます」

『十五の夏 上』p371より引用

ルーマニアで革命が起こるのは、1989年の12月のことですから、その10年以上前に、現政権についてネガティブなことを政府関係者が公言していたことになります。これは、非常に珍しいことだと考えられます。当時のルーマニアは完璧な独裁政権を成立させており、秘密警察も十二分に機能していました。また極めて国際水準から考えると、数々の異様な国政が実施していました。

国民の生活がどんなに貧しくなろうと「国民の館」の建設を進めたほか、出生率(労働力の確保)を維持するために、出産に関するノルマを国民(女性)に課し、離婚の禁止などを実施し、国民を束縛していました。結果孤児院が国内で乱立し、孤児院内でも無理な治療が横行し、その影響か、現在でもルーマニアではエイズ感染者が他の東欧諸国と比較し多いことは、あまりにも有名です。また穀物の強制的な輸出を行い、国内では餓死者が出るほどの生活難な状況が発生し、国勢も衰退しました。こういった歴史的事実をひとつとっても、その道程に居合わせた国や国民を生で見ることができた、一次情報を文章を通じて触れられるのは、とても貴重な体験です。

3.佐藤少年の成長

上巻はキエフまで、下巻ではいよいよメインのロシア(当時はソ連)に舞台が移り変わります。まるで今の北朝鮮のような、これまでの強固かつ異質な共産圏に佐藤少年が足を踏み入れます。ソ連に佐藤少年が様々な思惑や、感想を抱き、そして数々のトラブルをくぐり抜け、日本を戻ることを目指します。手に汗を握る展開もあり、必見です。詳細はぜひお手に取ってみて、お確かめください。また下巻の最後にはあとがきという形で、氏がその後ペンフレンドとどのような形になっていったのか、その後登場した人物たちとどのような交流があったのかについて、かなり詳細な記載があります。例えばソ連時代のテレビ局で知り合った局員と、彼はその数十年後に外交官として再開する運命的な出来事を経験しています。僕はこの手の回想録には目が無い手の人間なので、非常にありがたかったです。

書評本:『十五の夏』佐藤優